この八月、さまざまな本と出会う機会、そして様々な方々のお話を聞かせてもらう機会に恵まれ、
「ぼくの人生におけるミッションとは?自分の残りの人生の時間を何に優先的に費やすか?」
という問いを立てながら、毎日を過ごしています。
まだ、固まってはいませんが、僕自身、少しだけその壁の高さに恐れながらも、燃えたぎる力がみなぎってきた「言葉」が、今日、頭の中に生まれてきましてね。
今までは「お客様に喜んでもらうことがやりがいだというお店屋さんや会社さんの、集客や販促のお手伝いをしたい!」
というところまでが、ぼくの人生の役割だと思っていたのですが、もうすこし心の奥に潜んでた言葉が顔を出してきて!
その言葉というのが、
「仕事が好きな人を世の中にたくさん増やすこと」
こういうミッションがあることを、見つけてしまいました。
うーん。今の世の中の「ネガティブな仕事観」の雰囲気や流れを考えると、なかなかこれを成就させるのは大変そうですが。。。
「お客様に喜んでもらうことにやりがいを感じるお店屋さんに憧れがあるならば、自分もお店をつくればいいのに」
と、「もう一人の自分」が問いかけていたのですが、どーも、その役割がしっくりこなくて。
それで、今日、「あー、なるほど」
と、なんとなく納得できそうな答えのヒントっぽいのがでてきて。
「仕事が好きだ、と語ってくれる人と会えたり、そういう人が世の中に増えると、どうも、ぼくは心が異様に盛り上がるぞ」
ということがわかりまして。
ちなみに、
「仕事とは、自分のできることで、誰かの役に立つこと」
というのが、ぼくが教えてもらった定義です。
つまり、ややこしいのですが
「好きなことを仕事にしてる人」
を世の中に増やしたいわけではなくてですね。
仮に、「この会社しか受からなくて、最初はイヤイヤ10年働いてきたけどさ。
段々と仕事も身についてきて、お客様に喜んでもらえて、本気でお客さんから「ありがとう」って言ってもらえるようになって!
なんかさ、仕事って面白いよね、小泉くん!」
みたいな「ノリ」の話にすごいぼくは魂が熱くなる感じなんですね。
「仕事が好き」という話題の中に、「お客様の喜びエッセンス」が入ってることが重要で!
「仕事内容が好き」
というよりは、
「仕事を通じて、誰かの役に立てることがやりがいだし、たまらない!」
みたいな感じが好きですよね。
そして、お金と仕事は、もちろん、相関関係やはあるけど、「一旦、切り離して考える」という「新しい考え方」を昨日教わりまして。
つまり、お金と仕事は、一度切り離して考えても、「仕事っていいな。」と思う感覚。
もちろん、自分のやったことで人に喜んでもらい、その上で対価をもらえることが仕事の本質的なやりがいであることは間違い無いですけどね!
この世の中の原理原則のひとつに、
「人の最大の幸福は、奉仕することによって得られる」
という原則があって。
自分のしたことで、誰かの役に立てて、心からありがとうと言われて。その上で、対価としてお金まで貰えてしまう。
そうすると、あれ?
「仕事」ってもしかして、ものすごい尊い、「人生における最上級の営み」なんじゃないのか??
どんな仕事であろうと、「仕事をさせてもらえる」って、当たり前のようでいて、実はとても有難いことなんじゃないか??
と。気付かされまして。
でも、もちろん理想論だけでは難しくて。
しんどいこと、辛いこと、人間関係のもめごとなど。
仕事ってネガティブな側面が色々あるわけです。
だからこそ、この高尚な営みである「仕事」を、好きになって、3食を忘れるほど没頭するためには、『自分の好きな人をお客さんにする』ことが、必須なんじゃないかな、と。
人は好きな人のためなら、少しくらい苦労があっても頑張れるからですね。
だから、ぼくは、みなさんの「好きな人と出会うための広告や宣伝」を作る。
だから、宣伝はラブレターなんだ、と。
なんか、毎日自分の心に問いかけ続けることで、なんとなくですが自分の役割が見えてきたような気がします。
さて、写真は、50年間、西暦2000年の、自分が亡くなる直前まで、新聞の四コマ漫画を書き続けた、チャールズ M シュワツさんの本。
中古で手に入れました。
スヌーピーでお馴染みの「ピーナッツ」の作者です。スヌーピーって新聞の四コマ漫画だったんですね、知らなかった。
77歳で亡くなったその翌日に発行された新聞に掲載されたピーナッツが、彼の遺作とのこと。なんか、このエピソードだけで、彼の仕事への情熱がすごいですよね。文字通り、死ぬまで仕事してるよ、この人。って感じ。
この『仕事への情熱』を読むことで僕の中で、また血肉になりそうです。
(小泉の秘密のLINEで、シュルツさんの心に残る言葉をまた後日シェアしますね!)